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【:18997】
始まりと終わり
ヒストグラム
Exif情報
メーカー名
Canon
機種名
Canon EOS DIGITAL REBEL XTi
ファームウェア
Digital Photo Professional
レンズ
焦点距離
18mm
露出制御モード
絞り優先
シャッタースピード
1/100sec.
絞り値
F6.3
露出補正値
+0.0
測光モード
ISO感度
100
ホワイトバランス
フラッシュ
なし
サイズ
1000x1500 (565KB)
撮影日時
2007/02/24
11:55:44
1
Kaz
:07/12/08 11:24
オアフ島真珠湾のアリゾナメモリアルにて撮影。
手前の海中に見えるのが開戦時に沈められた戦艦アリゾナ。
向こうに見える戦艦は、東京湾で終戦の調印式に使われた
戦艦ミズーリです。
2
stone
:07/12/08 12:10
この空はのんびり爽やかな空ですね〜綺麗。
穏やかな海、気持ちよさそうです。
「戦艦アリゾナ」って海中に没したまま、、シンボルになってるんですか
深いですね。人の想い、傷‥
で、これはボート(Kazさんのクルーザー)で回遊されてるひとコマ^^?
3
Kaz
:07/12/08 12:45
戦艦アリゾナは引き上げられずに、そのままの状態で置かれ、
海面上に記念館が作られています。これは別の写真をアップしますね。
アリゾナはアメリカ人にとってのシンボルであると共に、この艦に
上艦していた兵士達の墓でもあります。今でも、元乗組員で生存
されていた方がなくなり、その方が希望するとこの海面下、戦艦
アリゾナ内に遺骨を弔ってもらえます。
4
ブンブン
:07/12/08 13:51
現在徴兵制度の存在しない我が国の戦後世代の日本人には只の観光施設にしか感じませんが、アメリカ国民にとっては重要な記念碑的施設なのですね。
5
ひでぶ
:07/12/08 21:36
12月8日は太平洋戦争の開戦日なのですね。
Kazさんの真珠湾の一連の写真を見て、そういえばと気づきました。
多くの日本人は8月15日を忘れない(近頃はこの日すら知らない人もいるようです)のですが、この日と戦争は結びつかないようです。
史実に基づく教育がなされていない証ですね。
6
Kaz
:07/12/09 14:04
ブンブンさん、ひでぶさん、
さすがに気が引けるのか、ワイキキビーチにはあれだけいた
日本人観光客の姿なし。ビーチと免税品目当てとは情けないです。
中国の食べ物さえ安全なら、南京だって私なら行くけどなあ。
7
S9000
:07/12/11 00:21
映画「ファイナルカウントダウン」で登場しますね。
私は大叔父2人が潜水艦で戦死しているのですが、
祖父や大叔父たちから見た伯母が渡米していわゆる
日系移民としてすごし、どうも強制収容所にも
入ったようです。
その子供達が東京オリンピックを機に里帰りした
のですが、私はまだ2歳児だったため記憶に残って
いません。その時にお土産として持参してくれたと
いうオモチャは、長く実家に保管されていました。
血を分けた親族が、太平洋を挟んで数奇な運命を
たどったのは、山崎豊子氏の小説「二つの祖国」等
で描写されていますが、こうしてアリゾナの光景を
見ると、昭和という時代が遠く過ぎ去った昔だとも、
自分から見てわずかニ世代前の時代だとも、いろいろ
と考えさせられます。
8
Kaz
:07/12/12 01:02
>映画「ファイナルカウントダウン」
あ、我が家のDVDコレクションに、しっかり入ってますがな。(^^;
>強制収容所にも入ったようです
私がアメリカに最初に来た30年前、コロラドのデンバーで
一緒に働いていた日本人のおばさんに、「デンバーにも
日本人が住んでるんですねえ。」と何気なく言ったんです。
すると、そのおばさんは、戦時中に西海岸から強制的に
デンバー郊外の日本人収容所に連れて来られて、そのまま
デンバーに住み着いたと仰ってました。
その時は、何だか聞いちゃいけない事を聞いてしまったような
気まずい思いをしましたが、もっとちゃんとお話を伺っておけば
よかったと、後になって後悔しております。
↓この映画「アメリカンパスタイム、俺たちの星条旗」は御覧になりましたか?
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=8085
ストーリー自体はありふれたものですが、収容所内の描写は優れています。
ご親戚の方が戦時中、どのように過ごされたのか、知るよすがとなれば幸いです。
9
S9000
:07/12/15 09:22
「俺たちの星条旗」まだ見てませんが、ぜひ見てみたいですね。
Kazさんが出会ったというデンバーの女性も、いろいろご苦労
があったことでしょうね。
日本人収容所の様子は、「二つの祖国」を映像化したNHK大河
ドラマ「山河燃ゆ」で描写されてたのですが、このドラマを見な
がら母が「渡米した大伯母もさぞ苦労したことだろう」とつぶや
いたのを覚えています。
大伯母は昭和18年に亡くなっているので、時期的に収容所で亡
くなった様子。
その子供達が東京オリンピックの際に実家を訪問したわけ
ですが、現在は音信が途絶えています。代が下るにつれて
日本の親族については忘れ去られたのかも。
それでも、平成2年に私がNY旅行をするにあたって、
祖父が「伯母さんの墓参りのつもりでかの地を訪れてくれ」
とたのんだものです。
以来、私が渡米する機会はないのですが、死ぬまでに
もう一度は行ってみたいものです。
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